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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3713号 判決

主文

被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十八年八月二十三日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払うこと。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分にかぎり、原告に於て金十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告が昭和二十三年十一月二十五日被告と結婚式を挙げ爾来同棲し、その間同二十五年十二月二十六日長男与一を儲け、同二十六年一月八日婚姻届出をしたこと及び同二十七年十月三十日協議離婚届がなされたことは当事者間に争がない。

而して、成立に争のない甲第三号証、証人高橋ミネの証言によつて真正に成立したものと認むべき甲第四号証、証人高橋ミネ、浅山八千人、中山貞子の各証言及び原告本の供述を綜合すれば原告は、大阪相愛専問学校家政科を卒業した後、訴外下山イヨ媒酌の下に初婚として所謂「本三荷」の仕度で被告に嫁したものであるが、被告に情婦があることを知らず、結婚直後訴外浅山八千代からその由を聞知し調査すると、被告には従前から訴外山下清江なる情婦があることが判明した(この点は被告の認めるところである)。そこで原告家から被告家に注意したところ、被告方では訴外増田栄太郎等を介してその解消方の手段を講じたが、被告は依然としてその関係を継続していたこと、被告は、昭和二十二年頃から賭博に親しみ麻雀その他の賭博に耽り、訴外野村某方の賭博場に相当頻繁に出入していたこと、又被告は、性来酒を好み酔余乱暴を働き傷害の紛争を起したことがあつたこと、右所業のため、被告は結婚当初から外泊することが多く、外泊しないときでも帰宅が深夜に及ぶことを常としていたこと、これがため原告は屡々被告にその非行を革めるよう懇請したが、被告はいさゝかも反省の色なく却つて原告を殴打したり又は足蹴にしたりすることが一再ならずあつたこと、昭和二十七年十月二十四日夜被告は例の如く外泊したので原告の母はその翌朝被告に従来の所業を革めるよう意見したところ、被告は却つて反抗的態度に出て当夜に深夜に至る迄帰宅しなかつたこと、右のような状態が継続したゝめ原告は身心共に衰弱を感じ同日実家に帰り布施市の佐伯正雄医師を診断を受けたところ、急性気管支炎兼急性扁桃線炎と診断され安静加療を要するとの注意を受けた。そこで原告は従来の被告方の状況に鑑み実家で静養するにしかずと考え、同月二十九日媒酌人である下山イヨや被告の伯母である訴外中林トキを介し被告にその由を申入れ、とりあえず着換衣料の交付を求めたところ、被告は荷物全部の引取方を要求したので、巳むなく荷物全部を引取つたこと、及び被告は同月三十日原告に無断で擅に原告との協議離婚届出をし同年十一月五日訴外行松喜一をしてその戸籍謄本を原告方に持参したことが認められる。証人行松喜一、下山イヨ、中林トミ、植田定一、中村三次及び増田栄太郎の各証言並に被告本人の供述中右認定に反する部分はこれを信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

以上の事実によると、被告は妻たる原告を無視して所謂三子相伴う放蕩を続け、これを飜意せしめんとする原告に対し暴行を加え、これがため疲労困憊せる原告が実家で静養せんとして着換衣料の交付を求めるや嫁資全部の取引方を要求して暗に離婚を慫慂し、剰え原告にはかることなく擅に協議離婚届出を提出し、以て原告との婚姻を解消せしめたものと認められかれるから、被告はこれについて不法行為の責を負わなければならないものと解すべきである。尤も証人中村三次の証言及び被告本人の供述によれば、原告は夫である被告に冷淡であり、又被告の両親に親しまず、或は実家に立帰ることが頻繁であつたことが認められ、これ等は主婦として守るべき婦徳を欠くものとしての非難を免れないか、これは被告の前示所業に対する忿懣の情抑えがたいものがあつたところに由来するものと考えられ、又同証拠によれば、原告の母は原告のため兎角被告方に干渉しすぎるきらいがあつたことが認められるが、これとても婚姻を継続し難い程度のものとは認められないから、原告方に右のような所業があつたからとて被告の不法行為の責任を阻却するわけがなく、前段の認定を妨げるものではない。

而して、女子専問学校を卒業し初婚として被告に嫁しその破局に至る迄四年間前示のような放蕩をつくす被告に仕え、前示のような経緯の下に婚姻を解消させられ愛児と共に起居することができなくなつたばかりでなく、既に齢三十を数うるに至り将来良縁を得ることも多くを望み得ない境遇に置かれた原告が、右破局によつて物心両面に多大の苦痛を蒙つたであろうことは多言を要しないところであるから、被告はこれを慰藉するため相当の金員を支払うべき義務があるものといわなければならない。

よつて進んでその数額について按ずるに、原告が大阪相愛女子専問学校を卒業した上初婚として所謂「本三荷」の仕度で被告に嫁したことは既に前段認定の通りであり、更に成立に争のない甲第六号証乃至第九号証、証人高橋ミネの証言及び原告本人の供述によれば、原告家は質商を営み借家五、六十戸を有する旧家であることが認められ、一方成立に争のない甲第五号証、証人中村三次の証言及び被告本人の供述によれば、被告は日本大学商科を卒業し、喫煙具の製造販売を目的とし資本金五十万円を擁する株式会社田中徳商店の代表取締役であつて、右会社は殆んど被告方の個人企業であり、工員二十数名を使用して月額利益二十万円を挙げている外田畑三町位貸家五、六十戸を有することが認められ、これ等の事実と前段認定の原告の結婚から破局に至る迄の経緯その他弁論の全趣旨を綜合して本件慰藉料の額は金五十万円を以て相当と認める。

以上の認定によれば、被告は原告に対し右金五十万円の支払をすべき義務があるから、原告の本訴請求中右金及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明白である昭和二十八年八月二十三日から右支払済に至る迄五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、爾余の請求は失当としてこれを棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 坪井三郎)

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